2006-09-03

幻の郷

あのころ好きだったもの

幻の郷 (Dreamland)
Edgar Allan Poe

夜という妖怪が、真黒い王座によって
悠々とあたりを覆い
只悪心の天使ばかりうろつく
朦朧と淋しい道を通り、
遠く仄暗いチウレから--
空間と時間を超えて
荘厳にひろがる荒涼と怪しい郷から
   漸く私はこの国に着いた。

底の知れない渓谷と果てしない氾濫
裂け目や洞穴や巨人族の森
一面に露が滴り
その姿を誰もさだかに見ることも出来ない
山竝は岸のない海へ
永遠に落ちかかり
絶間なくわきたつ海は
炎の空へとうねりゆく
湖水は果てしなくその淋しい波
--淋しくどんよりとした波を広げる
その静かな--静かな冷たい波を
百合の泡雪垂れかかり

かくてその淋しい波、淋しくだんよりした波を--
そのうら悲し、うら悲しく冷たい波を
広げる湖水のほとり
百合の泡雪垂れかかり--
山竝のほとり--ひくくざわめく
絶えずざわめく川の近く--
灰色の森のほとり--蟇蛙
井守のたむろする濕地のほとり--
鬼の棲む
   凄まじい山湖や池を通り--
この上もなく不淨の場面--
この上もなく憂愁の僻地に--
そこに旅人は過去の屍衣をつけた
記憶に逢つてうつける計り--
彼等、漂泊者を通りすぎるとき
驚いて吐息する屍衣を纏うた姿--
地と--天に悶えつつ
とわにさまよう夜の白衣の姿

悲哀の限りない心に
これは泰平の和やかな地帯--
暗がりを歩む精霊には
これは--あわれ、黄金卿
しかしそこを通る旅人は
明らかにそれを眺めまい--眺めようとはしない。
開かれているが弱い人間の目には
祕密の曝されることはない
纆のある眼瞼を舉げることを
禁じている王の意故に
それ故にここを通るうら悲しい魂は
暗い眼鏡ごしに風景を眺めるばかり

夜という妖怪が、真黒い王座によって
悠々とあたりを覆い
只悪心の天使ばかりうろつく
朦朧と淋しい道を通り、
遠く仄暗いチウレから--
漸く私は古里へとさまよいでた。

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